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蔵元だより

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其の7 杜氏

おやっさん

酒は「蔵人」と呼ばれる人達の手によって醸されます。その中で、酒造技術に長けた蔵人の長を杜氏といいます。良質の水、良質の米、匠の技。それらが三位一体となった時、良質の酒が生まれます。その「匠の技」を操るのが杜氏なのです。

杜氏の語源は、老母あるいは主婦の尊称である「刀自(とじ)」からきているという説が有力です。奈良時代、造酒司(さけのつかさ)という役所において、酒づくりは女性の役目でした。「母長家族制」のもとで、一家の長である女性が、神々に捧げる大切な酒を造っていたのは必然だったのかもしれません。また、中国の酒の創始者「杜康(とこう)」の名が転じて「杜氏」となったという説もあります。

蔵人の組織は職能組織です。杜氏を補佐する頭(かしら)、麹づくりの責任者である大師(だいし)、酒母製造工程の責任者である廻り等、各工程別に責任者がおかれます。その工程全てを杜氏がとりしきるわけですから、杜氏は統率力、判断力、管理能力をも持ち合わせた人格者でなければ務まらない要職です。長年の経験と研ぎ澄まされた感性を持ち、伝統の技を継承してきた杜氏。酒づくりに情熱を燃やす杜氏を、私たちは親しみを込めて「おやっさん」と呼んでいます。

杜氏集団

全国には幾つかの杜氏集団があります。丹波杜氏、越後杜氏、南部杜氏そして大津杜氏等。各流派独自の技を用いて醸される酒には、それぞれ独特の味わいがあるようです。杜氏集団制度が確立したのは、徳川幕府が「寒造之酒」を奨励したことがきっかけだと言われます。冬季の仕込みの集中は労働力を不足させました。その結果、冬が農閑期にあたる米作り農家の人々が労働力として求められたのです。  彼らは米を作り、米から酒を造ります。一次産業である農業(稲作)と、二次産業である酒造業との深い関係。この関係を考慮すると、酒造業は特殊な産業形態、一・五次産業と定義できるかもしれません。

日本酒の醸造方法と、その管理方法は世界でも類を見ないほど複雑にして巧妙です。称賛に価するほどの卓越した技を継承してきた杜氏のひとりごとに耳を傾けて下さい

杜氏集団分布表
青森 津軽杜氏 秋田 山内杜氏
岩手 南部杜氏 新潟 越後杜氏
福島 会津杜氏 石川 能登杜氏
長野 小谷杜氏 諏訪杜氏 福井 大野杜氏
越前 糠杜氏 京都 丹後杜氏
兵庫 丹波杜氏 但馬杜氏 城崎杜氏 岡山 備中杜氏
広島 広島杜氏 島根 石見杜氏 出雲杜氏
山口 大津杜氏 熊毛杜氏 愛媛 越智杜氏
高知 土佐杜氏 福岡 柳川杜氏
長崎 小値賀杜氏

五橋杜氏のひとりごと

私が酒造りの道に入って四十五年になる。この伝統的な酒造りの技法は、先輩から教えられたというより、見て学び体得したものだ。今日までで自分なりの酒造りができるようになれたのも、働きやすい蔵元、良き師また志を同じとする先輩達に恵まれた事、感謝の念に耐えない。

酒造りの技には頂点は無い。誰もが到達できないところに執念を持って挑む事のできる仕事は、厳しさの半面、楽しさもあり、やり甲斐のある仕事である。「酒造り(杜氏)は毎年が一年生」と、よく聞かされた言葉が身に染みて今日まで大過なくこられた。信条として、酒造りは基本を忠実に守る事。基本とは昔から良く言われる言葉である「一麹・二・三造り」どれをとっても大切な仕事であるが、それぞれの仕事に造る人の勘と技が競われる。造る人の個性が酒の中に写し出されている様に感じる。酒造りは昼夜を分かたぬ辛い仕事であるが、苦楽の中より感じる酒造りへの愛着、これが酒造職人としての生き甲斐となる。

今、杜氏制度の下で働く後継者はほとんどいない。経済成長により、農(漁)村の構造と経済基盤が大きく変化してきた故か。最近では企業による雇用の改善が進み、社員による酒造りが各方面の蔵で実施されている。幸いにして我が社でも酒造りに興味を持つ若い社員(後継者)に恵まれ、その前途には不安は感じられない。今後の成長を楽しみにしながら、今年の酒造りも共に力を合わせ励んできた。悔いの残らない酒造りができたことにほっと胸をなでおろしている。製造担当 吉永 達夫

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