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蔵元だより

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其の66 先人達の知恵と技~日本酒、浪漫の酒~

酒(アルコール)の歴史は非常に古く、その発生は有史以前にさかのぼるとされています。しかし、そこに存在していた酒は、果実が偶然にアルコール発酵(以下、発酵)を行った結果生まれたものであり、人類が意図的に造ったものではありませんでした。

酵母による発酵には糖分が必要であり、葡萄のような果実や蜂蜜など最初から糖分を含んでいるものは、条件さえ整えば自然発生的に発酵します。しかし、糖分を含まないものを原料とし発酵させるためには、高度な知恵と技が不可欠なのです。

日本の国酒たる日本酒の主原料が米であることはいうまでもありませんが、この米には糖分は含まれていません。しかし今日では、醸造酒の中では際立って高いアルコールが得られるまでになっています。糖分を含まない米を原料に、いったいどうしてこれだけのアルコールが得られるのか。その秘密は「並行複発酵」という糖化と発酵のバランスをとりながら発酵を進める、世界にも例を見ない醸造方法にありました。この技術は科学的分析技術を持たなかった先人達の高度な知恵と経験、類まれなる技によって確立されてきたものなのです。

最初から糖分が含まれている果実は別として、糖分をほとんど含まない穀物を原料に酒を造るには、まずはデンプンを糖化する必要があります。原初の酒は人間の唾液(消化酵素であるアミラーゼ)により、デンプンを糖化させ、アルコール発酵させていた「口噛み酒」だとされます。

万葉の頃には大陸から麹による酒造りが伝えられていたようで、日本酒の基礎がこのときにできたことがうかがえます。平安時代に編纂された「延喜式」(927)には、「米」・「麹」・「水」によって仕込む方法を採り、醪を袋に入れ、酒と粕とに分ける作業を行っていたことが記されています。原理的には、今の酒造りとほとんど変わりません。今から1000年以上も前のことです。

室町時代になると、麹と蒸米とを2回に分けて加える段仕込みの方法が「御酒之日記」に明確に記されるようになっており、この頃に今日の清酒造りの完全な原型ともいえる「諸白(もろはく)」(※1)仕込みが完成しています。

江戸期になると、冬期に仕込む「寒造り」の酒質が高いことが経験的に分かってきました。また酒質の良し悪しだけでなく、寒い時期の方が、醪の品温管理が容易であること。空気中から侵入する雑菌の繁殖を防ぎやすいこと。政府の方策として寒造りを奨励したこと。農閑期の農民を蔵人として使用(労働力の確保)することができたことにより、次第に寒造りが重要視されるようになりました。蔵人集団が形成されたのも江戸期であるとされ、現代の蔵人の職階制に受け継がれています。

この時期にはすでに「酒焚(さけだき)」と称して、火入れ殺菌の工程が行われていました。この火入れの原理はパスツールがワインの腐造防止策として1865年に発表した「低温殺菌法」と同じ原理です。しかし、日本ではその約300年前から行われていたことになります。

また、酒の保存性を高めることを目的として、発酵を終えた醪末期に焼酎を添加することが行われていました。これを「柱焼酎」と言い、「童蒙酒造記」には「醤酎(※2)薄く取、揚前53日前に1割程度醪の中へ入る也。風味洒(しゃん)として足強く候」と記されています。経験的にアルコール度数の高い酒は保存性が高いことが知られていたのでしょう。

江戸時代の酒の本場は関西で、江戸が一大消費地でした。そこで酒樽専用の樽廻船が登場します。江戸後期にはその年の新酒を江戸までいかに早く運ぶかを競う「番船競争」が行われ、およそ5日で江戸⇔大阪間を運んだといわれています。さしずめ今でいうボジョレー・ヌーボーの日本酒版といったところでしょうか。

明治期には、全国に27000蔵が存在したといわれています。この時期はまだ杜氏の勘に頼った酒造りでした。そのため、酒の出来・不出来は杜氏の腕の巧拙にかかっていたのです。そこで、欧米の科学者を招聘し、清酒製造業の伝統的製法、伝承的技術に科学のメスが入ることとなり、科学的な解明がされることとなりました。

このことにより、生?を改良した「山廃もと」、「速醸もと」が登場することになります。また優良清酒酵母の分離も行われることとなり、一気に近代化に向けて加速しました。水車精米による、3割精米(精米歩合70%)が可能となり、酒質の著しい向上に貢献したのもこの頃です。

清酒製造に科学的分析技術が導入されるようになったのは、たかだか150年ほど前です。それより遥か昔から、先人達はその知恵と経験と技により、今の清酒の原型を形作ってきたということは驚くばかりです。今夜は古の酒を想い、浪漫に浸りながら杯を傾けるなんていかがでしょうか。

※1.諸白とは麹米、掛け米のいずれも白米としたもの。諸白以前は麹米を玄米、掛け米を白米とした「片白(かたはく)」が主流だった

※2.「醤酎」は「焼酎」、「揚前」は醪を搾る前のこと。つまり、上槽前の醪に焼酎を添加すれば、味がしゃんと締まり、日持ちがよくなるという意味。


五橋復刻版、懐古版12月5日発売開始


~平成の世によみがえる、古き良き味わい~


時は明治4年(1871年)、錦川の恵みのもと生まれた弊社、酒井酒造。130余年の歴史を数え、あまたの清酒を醸してきました。この長い歴史の中で醸されてきた清酒の味は?そして、その歴史以前の清酒の味は?昨年好評をいただいた「五橋 復刻版」。今年はさらにグレードアップして12月5日に発売いたします。


今年の「五橋 純米酒復刻版」は、さらに当時の味に近づけようと、木桶による仕込みを行いました。その結果、濃醇でふくよかな味わいの中に、木香がふんわりと優しく広がる。後口は生もと造り特有の酸味できりっと引き締まるものへと変貌しました。木桶で仕込むことで、これほどまでに味の幅が広がるものなのでしょうか。


生もと造りの純米酒に粕取焼酎を添加したのが、「五橋 復刻版柱焼酎造り」。文献に「風味洒(しゃん)として」とある通り、添加前の濃醇でふくよかな味わいは、後口の余韻をシャープでキレのあるものに一変させました。歴史的には品質保持を主目的として行われた焼酎添加ですが、香味の向上にも大きく関与していたことがうかがえます。


さらに時代は江戸期までさかのぼります。目指す酒質はお殿様への献上の酒。江戸時代の文献を元に、当時最上であったであろうと思われる酒質を再現したのが「五橋 純米酒懐古版」です。上品な甘みと濃醇で奥深い味わい。岩国藩主、吉川公もこのようなお酒を召されたのでしょうか。


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3品いずれも現代の酒質とは異なる、特徴的な風味を有する酒質に仕上がりました。現代の標準的な仕込みでは味わうことのできない浪漫あふれる清酒、「五橋 純米酒復刻版」、「五橋 柱焼酎造り復刻版」、「五橋 純米酒懐古版」をぜひお試しください。


「五橋 初しぼり」11月28日発売  ~ご予約受け付け中~


今年もこの時期がやってまいりました。すっかり冬の風物詩として定着した感のある「五橋 初しぼり」。蔵人も思わず「美味い!」と唸るその酒質は、お客様からも高いご支持をいただいているようです。平成18年産新米のみを原料米に醸す、今酒造期第1号の搾りたて。今年も醪を搾る途中の中垂れのみを瓶詰めして、新鮮な風味そのままにお届けいたします。平成18酒造年度「五橋 初しぼり」は11月28日発売です。ご予約いただいた本数だけ瓶詰めする完全予約商品です。ご予約はお早めに。




五橋 初しぼり   【ご予約締切日:平成18年11月22日】
原材料 : 米・米こうじ・醸造アルコール
原料米および精米歩合 : 日本晴(70%)【平成18年産山口県産米使用】
アルコール分 : 19度以上20度未満
容量および価格 : 500ml詰 840円【税込】(化粧箱は別売です)

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