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蔵元だより

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其の5 米(米と日本人)

大陸から水稲農耕が渡来して以来、約二千年の間、米は常に増産改良が計られてきました。昔から「百万石の大名」とか「五反百姓」など、米でそのランク付けをしてきたことからも分かる様に、米はいつの時代でも日本人の生活の根幹にありました。日本人と米は切ってもきれない関係にあるのです。私達は瑞穂の国に生まれ育っているのですから。

「米とは何ですか?」と皆様に問いかければ、恐らくほとんどの方が「日本人の主食」あるいは「日本酒の原料」と答えられることでしょう。しかし、米(稲)の価値は飯米や酒米としての価値だけではありません。稲は田植え期から収穫までの間、光合成による二酸化炭素の吸収及び、酸素の生産を行います。その生産量は、日本で年間約200億立方メートルに及びます。この量を酸素ボンベに換算すると約6兆円に相当します。また、地球温暖化の一要因である二酸化炭素を吸収することをも考慮すると、米(稲)が私達にもたらす恩恵は図りしれません。また、水田は雨水を一定期間保水してくれます。我が国のように大雨がよく降る所では、水田がなければ局地的に降った雨水は、たちまち洪水の被害を及ぼすことになるでしょう。このことから、水田はダムの役割を果していると言えます。この効果は約2兆円に値するものだといわれます。膨大な費用を投下してダムを建設することを考えれば、水田の持つ意義は大きなものになると言えるでしょう。そして、稲の緑色は精神的なやすらぎを与えてくれます。殺伐とした現代において、精神安定の効果は何ものにも代えがたい、素晴らしい稲の恵です。 今一度、米(稲)の恩恵を考えてみようではありませんか。米、再考。米、最高なのです。

米は日本人の主食です

飽食の時代、米離れの時代と言われている昨今。米余りの現象が起こったのは、わずか20年ほど前からです。それまでは、米を腹一杯食べることは贅沢でした。稲作が伝来して約2000年、この20年を除けば、あとは米不足の時代だったのです。もっとも、現在は成人男性で年間約70㎏ほどしか米を消費していません。昔のように、年間150㎏(一石)の米を消費しようとすれば、やはり米不足になるようです。しかし、いずれにしても日本人の主食である貴重な米から作られる酒は、歴史を溯れば溯るほど文化、政治、経済において重要性を増します。 魏志倭人伝において、倭人は「人に性、酒を嗜む」、「歌舞飲酒をなす」と記されています。卑弥呼の邪馬台国をはじめとする倭の国々で、私達の先祖は稲を植え、酒を醸し、その酒で酔っていたようです。時空を超えたロマンを猪口の中に感じませんか。

良い酒米に出会える喜び

良い酒をつくるには、良い米が必要です。そして、良い米をつくるには、良い田が必要です。「酒米買うなら土地を買え」という言葉があります。日当たりの良い山間部で、昼と夜の温度差が大きく、粘土質で水はけの良い地が水田には最適です。その最適地で、最適の品種を、品質本位の栽培方法で育てれば、良質の米が得られることでしょう。飯米であれば食べておいしく、酒米であれば良い酒になる。まず初めに米ありき、田ありきです。 良い酒づくりのためには、良い酒米は必要不可欠です。良い酒米に出会えた時、私達は喜びを感じることでしょう。良い米こそが良い酒になるのです。皆様は良い酒に出会って下さい。それは皆様の喜びに変わることでしょう。

紫式部も楽しんだ酒

奈良時代以前までは、酒は神々とともに飲むものでした。しかし、奈良時代を境に酒は嗜好品として扱われ始めました。自然を愛でながら酒を楽しむという贅沢な文化は、四季の変化のはっきりした我が国に生まれるべくして生まれたといえるでしょう。  平安時代、あの紫式部が行っていたといわれる風流な酒宴は、雪見の酒。大伴家持は、日本の美の伝統である「雪・月・花」を、月明かりの下の雪見の宴で、「雪の上に 照れる月夜に 梅の花 折りて贈らむ 愛(は)しき児もがも」と詠んでいます。酒肴(しゅこう)は食べ物とは限りません。四季を肴に酒を飲む。さしずめ、風流の宴と言ったところでしょうか。 降り積もった雪をグラスに詰め、その上から酒を注ぐ「雪わり酒」という飲み方があります。 ひとつお試しを。

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